期待せずに、希望は持って
わが家のひと粒種の長男は、現在中学3年です。中学1年の2学期から学校に行かなくなりました。長男の不登校は、子どもが学校に行くのは当然と考えていた私にとって、まさに青天の霹靂でした。フツーじゃない、世間並みでなくて恥ずかしい、そう感じました。
長男がある時笑っていて、その理由を聞くと「小学校のときのおもしろいことを思い出した」と答えたときは、「何とかして学校に戻してやりたい。学校での楽しい思い出を再び紡げるようにしてやりたい」と痛切に感じ、昔の思い出でしか笑えない長男を哀れに感じたものです。
今春、3年生になって、長男は選択的登校というものを始めました。「きょうは係を決めるから行かない」「身体測定があるから行かない」「きょうは2時間で帰ってくる」と自分で行く、行かないの判断を下して、学校と向き合っています。ここまで来るのはたいへんでした。
不登校を始めるとともに、リビングを陣取ってビデオとゲーム三昧。大半を家の中で過ごし、カーテンも閉めたまま。髪の毛を切らずに顔を隠すように前髪をたらして、うつむいて歩く毎日でした。そして間もなく、お気に入りのDVD、ゲーム、プラモ収集。仕事帰りの妻にねだって車で岡山市内の音楽店、プラモデル屋を毎日毎日巡りました。
お店巡りから帰ってくるのは、午後8時ごろ。また、ネットのオークションにもはまりました。「今、買わんと他の人のもんになってしまう」と叫んで入札。我が家の貯金が底をついていくのと反比例して、「シティハンター」などのDVDやガンダムのプラモが所狭しと並びました。
また、昼夜逆転の生活のなかで、未明に妻を起こしては自分の不安な気持ちややり場のない怒りをぶちまけていました。妻はほんとうに大変だったと思います。どうしてか男親の私には弱みを見せようとしない長男でした。
妻も仕事へ行く道々、バス停まで泣きながら何度も歩いたと言っています。昨春から妻がFUTURE不登校を考える会にも参加するようになり、皆さんに相談させていただきました。
子どもが学校に行けなくて悶々とした時間を過ごすために、DVDやCDが必要なこと、プラモに集中することで、自分を責める気持ちをいっとき忘れることができること。だからできるだけ子どもの気持ちに寄り添って、家計の許す限り子どもの要望を聞き入れるようにしたらいいとアドバイスを受けました。
変化は薄皮をはぐようなもので、気がついたら状況が少しずつよくなっていったような気がする……というようなものです。子どもはたくさん考えてどうにかしたいという気持ちでいっぱいだと思います。その気持ちの変化とともに、状況も変わってくるのではないでしょうか。
心の内の小さな変化が積み重なったのでしょうか、長男は今年に入ると、目に見えて変化を遂げました。詩を書き、歌を歌い、気持ちが落ち着いてきたのです。長男の詩は不登校の経験がなければ書けない詩で、その気持ちの素直な表出が胸を打ちます(親バカをお許しください)。
また、5月2日には「ガンダムSEED」のテーマソングを歌っている玉置成実の大阪でのコンサートに行ってご機嫌でした。春からボイストレーニングにも通い始め、尾崎豊や福山雅治に共感するものを感じるそうで今、夢中です。
妻が親の会で教わった言葉が、「期待はせずに、希望は持って」だったそうです。ちょっとでもいいと思えば、それにすがりたいのが親の心情。それが知らず知らずに抜け出せるという「期待」となって子どもを押しつぶそうとします。それを察してか、子どもは見事に裏切ってくれます(「来週から登校する」と言って、結局行かないなど)。
この言葉を聞いてずいぶん力が抜けたようだったと妻は言っています。結局、親はただただ信じて待つことしかできないのだと、痛感します。でもこれはとっても大変なことです。
子どもは自分で成長する力を持っています。私たちと同じように不登校で悩まれている方は、たくさんいらっしゃると思います。どうか子どもさんを信じてあげてほしいと思います。
不登校の経験は、親子ともども必ず生きると思います。長男もこれからまだまだ長い人生が待ち構えており、私も不安がないと言ったら嘘になりますが、夫婦で長男の成長を見守っていこうと思っています。
最後に長男が作った「Let's walk with you」と題する詩の一節を紹介させてください。
Let's walk with you
君に伝えたいことがあるよ
いつも伝えたいことがあるよ
そして聞いてほしい歌があるよ
いつまでも感じているのさ
いまでも覚えているのさ
君の優しい歌を
なくしたものだから 失ったものだから
だから もう一度 君と つかむんだ
君とずっとずっと歩いていこう
あの丘の上まで
そのさきずっとずっと丘を越えても
君と歩いて行こう
そしてきっときっとつかむのさ
なくした夢を
注)自分の中のもう一人の自分を「君」としてイメージしているそうです。
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(不登校新聞2004年6月1日号掲載「わが家の場合」)
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