素直が一番
何気なく休み始め、何気なく学校に通い始める
私は、不登校の親の会に参加してまだ2回目。なんだか、こんな事を書くのは非常にはばかられるけど、徒然に自分の気持ちを書いてみようと思う。
41歳になって、我が子が不登校を始めて、初めて不登校という事の重大さ(?)というか、大騒ぎに直面して、びっくりするやら、当時こんなにも親に心配かけていたんだなぁと、今更反省している。しかし、両親ともに亡くなっている今となっては、当時の親の気持ちを聞く由もない。ただ両親は、何も言わず、受け入れて、騒ぎもせず見守ってくれただけだった。私は、いじめが原因ではないけど、家庭の事情でストレスがたまって、胃潰瘍になり、じわじわと休み始めた。一番長く休んだのは、1か月ほどで、休んだり通ったりの繰り返し。本当は、自分の中で然したる理由もなく、なんとなく空しくて、他人様がそうだったのだろうというので、今も自分では、自分の理由を家庭の事情と思っている。そして、何気なく休み始め、何気なく学校に通い始める。誰が責めるでもなく、騒ぐでもなく、焦らずでもなかったので、私は恵まれていたのだろう。
ほら、そこに石が…ほら、そこに壁が…
親の会に参加すると、父が母が涙する。そして、私も涙する。子どもに一緒に愛を注ぎ、愛があふれている。愛が涙になって流れ出てくるようだ。子どもが自立の中で示す拒絶や抵抗に、あふれる涙のもって行き場がなくて涙が流れる。親にとっては、いつまでもいつまでも弱い子どもに見える。心配で心配で、「ほら、そこに石が…ほら、そこに壁が… 」と思わず口から飛び出す言葉がおさえきれない。転ぶ前に、ぶつかる前に、教えてあげたい。親は、子どもがケガをして血を流すところなんぞ見たくもない。そう、みたくない、絶対に見たくない。私が見たくないのだ。だから、転ぶ前に、ぶつかる前に、石や壁の存在を教え、ぶつかった時は、石や壁を憎む。石や壁がなくても、転んだ原因がどこにあるのかを探して、石や壁を作ってでも憎む。憎むことによって、自分が安心したい。悪いのは、私ではない。あの石や壁が悪い。いやいや、ちょっと待てよ、私がやっぱり悪いの?… 手を出しすぎる私が悪いの?… いえいえ、育て方が悪かったの?… それは、いつから悪かったの?……
親は平静をよそおいながら、現実の子どものむこうに見える将来こんな風になるんじゃないかしらと思える未来の子ども像をぼんやりと不安げに想像しながら、過去を振り返っている。毎日毎日、親の心の中には嵐が吹き荒れて、子どもより弱い自分が見える。そして、そんな自分が情けなくてまた泣けてくる。
時として、どうしようもない激しい刃を身近な配偶者に向ける。ええ、もちろん、これは私の事。主人は、おおらかで鈍感な人。傷ついても自分で立ち直れる強い人…… と私は勝手に決めている。いえ、そう思っていたい。
不登校の子は争いごとの嫌いな優等生(?)
先日の親の会で、子どもが自分を避けてるっていってたお母さんに伝えたいよ。ついつい、おっかさんの元気なおおらかさに甘えて、思いっきり傷つけてしまいそうでこわいんだよ。きっと、ずっとずっと、強いと思っていたんだもの。お母さんやお父さん(主人も)って少々何言っても傷つかないで受けとめてくれると思っていだんだもの。だから、思いっきり口を荒らして、ののしって、傷つけてしまう。きっと子どもさんは、これ以上大好きなお母さんを傷つけたくないんだよ。
主人は、時々のんびりと「オレは、みんなのはけ口だなあ〜」という。ドキッとするけど、そう言ってくれる一言が、ほっとする。そして、私は、素直に非を認めて、「お父さんには感謝してるよ」と言える。そこらへんは、不登校諸君よか、ちょっと大人って感じかな。そう、ちょっとだけ歳とともに素直になったのだ。
秘密は守るけど、隠し事はしないのが、私の主義。不登校してた頃から「千里の道も一歩から」「急がば回れ」って言葉が好きになった。私は、ゆっくりゆっくりと、隠し事をせず、自分をさらけだして歩いていると、すっごく楽だということを、ごく自然に会得していった。
不登校の子は、私を含めて、本当は争いごとの嫌いな優等生である(ワハハハッ)。素直でないのが玉にキズだけど、思いやりのある良い子だよ!(ソウダソウダ)。他人に非常にやさしく、身内にきびしい!(ワカッテルンダケドナァ)。よそでは、働きものだが、家では、横着者だ!(ホントニ)。自分が正しいと思ったら、テコでも動かないし、あやまらないよ(マイッタマイッタ……ワタシハアヤマルゾ)。夢中になると、周りが見えない(ダカラ、ワタシハ、ぎゃんぶるハシナイ)。自分勝手だけど、できるだけ他人には迷惑をかけたくないよ(ダカラ、シゴトヲヤスマナイ)。自分をみつめている時間が長い分、自分の欠点もわかっているつもりだ(タブン)。したがって、社会に出ると、結構、親より世渡りがうまいかもよ! 心配するな、我が子の生きる力を信じろ! (昔の自分が今の自分に言っている)
そういえば、迷惑かけた親にいつか恩返しがしたいと子どもの頃おもってたなあ〜。恩返ししたかって?…… さあ〜ねえ〜……
旅行に連れて行ってあげたり、何とかお世話したつもりだけど……思うほどできないまま、両親は逝ってしまった。
不登校諸君、明日死んじまうかもしれないこのクソジジイとクソババアを哀れに思うなら、ちょっとやさしい言葉をかけてあげてください。
気弱になっているクソジジイとクソババアは、君たちのやさしい一言で不渇してまた頼もしい父と母になって、君たちとバトルができるのだ
先日の親の会での印象に残った言葉は、『素直が一番』でした。
親の会に参加すると、みんなあったかくって、いなくなった親のようだと感じるんだけど、なが〜い修羅場抜けてきたからかなあ〜
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