登校拒否(不登校)問題について(抄)
−児童生徒の「心の居場所」づくりを目指して−
学校不適応対策調査研究協力者会議報告
(平成4年3月13日 文部省初等中等教育局)
I 登校拒否問題に対する基本的な認識
1. 求められる登校拒否問題の認識の転換
文部省の学校基本調査によると、平成2年度1年間に「学校ぎらい」により小・中学校を50日以上欠席した児童生徒の数は小学生8,014人、中学生40,223人にのぼっており、年々その数を更新している。登校拒否は、児童生徒が学校教育を受けることができないというだけでなく、登校拒否に陥った本人自身が学校に行くことができないことについて苦しみ悩んでいるのはもちろんのこと、その家庭も進学等をめぐる将来への不安感はもとより、子どもが学校へ行かない・行けないことについて罪悪感を抱いたり、自分たちの育て方に問題があったのではないかと悩んだり、他の人から子どもや家庭に問題があるとみられているのではないかと考えたりするなど、精神的にも非常に大きな圧迫感を抱くことが多い。
一方登校してこない児童生徒を抱えた学校も、その原因の判然としない状況にとまどいながら、登校拒否児童生徒を何とか学校に復帰させようと努力しつつも、効果的な方法を見出せないまま対応に苦慮している。
このような登校拒否問題については、これまでは、一般的に、登校拒否となった児童生徒本人の性格傾向などに何らかの問題があるために登校拒否になるケースが多いと考えられがちであった。しかし、登校拒否となった児童生徒をみてみると必ずしも本人自身の属性的要因が決め手になっているとは言えない事例も多く、ごく普通の子どもであり属性的には何ら問題もみられないケースも数多く報告されている。
個々の登校拒否のケースについてその原因・背景を分析すると、学校、家庭、社会のさまざまな要因が複雑に絡み合っていることが多い。具体的には、例えば学校生活に起因するものでは、児童生徒が友人関係や教師との関係で悩んだり、学業不振などにより学習への意欲や興味・関心を失ったり、学校の指導方針や校則等になじめなかったりしている場合などがある。また、家庭が、教育は学校がしてくれると考えて、子どものしつけなど家庭でなすべきことをも学校に任せようとするなど、学校に過剰な期待を寄せる傾向もみられる。そのうえ、様々な要因により子どもを取り巻く家庭や地域社会の教育力が低下していく中で、幼少期から子どもがたくましく健やかに成長する教育基盤が脆弱になっているという背景を指摘されている。更に、社会においても学歴偏重等受験競争をあおる風潮などが学校や親に不安感を与えており、それらが日常生活の中で子ども自身にプレッシャーやストレスを与え、将来への不安感を感じさせ、学習への意欲や将来への希望を失わせてしまったりしている、といった要因も指摘されている。
このように登校拒否問題は、学校や家庭、更には社会全体にも関わっている問題であり、登校拒否は特定の子どもにしかみられない現象であるといった固定的な観念でとらえるのではなく、現代の子どもに対する新しい児童生徒観を基本として総合的な角度から問題を認識し、指導・援助していくことが必要と考えられる。
2. 本協力者会議の検討の視点
(1) 検討の基本的視点
登校拒否問題については、従来ややもすると関係者がそれぞれの立場から、挙校の指導の在り方、家庭の養育の問題、さらには社会の風潮の問題等その要因を他に求めるという形で議論されることが多かった。しかしながら本協力者会譲では、この問題の検討に当たって登校拒否の要因の所在を明らかにしてそれを問題にするのではなく、児童生徒一人一人の豊かな成長・発達への願いを共有しながら、関係者がそれぞれの立場から登校拒否の問題にいかに取り組めばよいかを明らかにするということを基本的な視点とした。
むろん、上述のとおり登校拒否は、学校、家庭、社会の様々な要因が複雑に絡み合って起こることが多く、したがって、関係者の一体となった取組が必要であることはいうまでもない。しかしながら本協力者会議では、教育の専門機関として児童生徒の健全な成長を図るため日々活動している学校が果たしている役割と、教育委員会の活動に改めて期待し、小・中・高の各学校や教育委員会がそれぞれどのように取組を行うべきかに重点を置いて検討を行った。このような立場から本報告において様々な提言を行っているが、これは学校や教育委員会がいっそう充実した取組を展開することによって、登校拒否問題のかなりの部分を解決することができると考えているからであり、また、学校や教育委員会の真剣な努力によって、保護者や国民の公教育に寄せる信頼がいっそう確かなものとなることを願っているからである。
なお、親の在り方や親の関係がきっかけとなって登校拒否になる場合もあり、また、過度の受験競争などの社会的風潮の影響も大きいと考えられる。したがって、登校拒否の問題に対しては、過程やsh回の要因についても分析検討がなされる必要があり、例えば過程における養育の在り方を見直すという対応も求められなければならないが、本協力者会議としては、家庭、社会がいかに対応すべきかについての詳細は別途の検討に委ねることにした。
(2) 登校拒否という用語
「児童生徒が学校に行かない・行けない」ことを指す用語については従前より種々議論があった。我が国においてその現象が問題として注目され始めたのは昭和30年代である。それまで「怠け休み」という名称で「大きな不安を伴い学校に行けない症状」をもつ児童生徒に対して、対処法や指導上の教育的配慮について具体的検討がなされるようになったのである。その後、昭和30年代後半から40年代にかけて、児童生徒が登校しない状態は単に学校に対する不安や恐怖という面だけでなく、多面的に理解されなければならないという考え方から、登校しない様々な状態を総称して「登校拒否」という用語が用いられるようになり、今日にまで至っている。しかし、その意味するところは必ずしも一義的ではなく、学校が気になりながらも登校を渋るような、いわゆる神経症的タイプのみを指すとして、遊び・非行のようなタイプを含めない考え方も強くみられる。
ところが、この用語に対しては、「学校に行かなければならないとわかっていても行けない」という状態は、必ずしも登校を拒否しているわけではないため、それを含めたものを「登校拒否」という言葉で表すことは適当でないとの考え方がある。このため、近年、広く学校へ行けないあるいは行かない状態をさすものとして「不登校」という用語が用いられることがある。しかし、「不登校」という用語についても、遊び・非行型を除く欠席の多い者を指していう場合もみられるなどその意味は必ずしも一定ではない。また、「不登校」という言葉は学校現場からみれば単に登校しないという状態を指すものであるから、病気や経済的理由により登校しない場合も含まれてしまうことにもなりかねない。
このように、「登校拒否」にも「不登校」にもそれぞれに表現には一長一短があるわけであるが、実際にはどちらの言葉が用いられる場合も、その意味する状態はほぼ同じである。したがって、結局どちらの言葉を用いるにせよ、大切なことは、その意味するものが、現在問題となっているところの何らかの要因により児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状態であるとの共通した認識をもつことであるといえる。
現在のところ、少なくとも教育関係者の間では「登校拒否」が用いられるのが一般的であり、今この用語を変えることは、その問題状況についての定着しつつある認識に対して混乱を生ぜしめる恐れがある。
このため、本協力者会議においては、「不登校」の用語も用いられつつある状況とその異議を考慮しつつも、現状では奈緒、「登校拒否」という用語を踏襲することが妥当であると考え、当面は「登校拒否(不登校)」と呼ぶこととするが、以下においては、これを単に「登校拒否」と表現する。
(3) 登校拒否の定義
また、「登校拒否」という言葉を用いるにしても、その意義内容を明確にしておく必要がある。その際、「登校拒否」を病気や経済的な理由など明らかに登校できない理由によるものを除き、幅広く捉えるころが適当であると考える。そこで、本協力者会議では、「登校拒否とは、何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にあること(ただし、病気や経済的な理由によるものをのぞく)をいう。」と定義することとする。
II 登校拒否の現状について(略)
III 登校拒否問題への取組の現状について(略)
IV 今後の登校拒否問題への対応について
従来から上記Vのように、学校や教育委員会等は様々な取組を行ってきたが、本協力者会議では、さらに、その成果を踏まえつつ、登校拒否を予防するため、及び現に登校拒否に陥っているケースに適切に対応するためには、今後、教育の専門機関である学校はどのような取組を行い、また、地域や家庭とどのような連携を図っていく必要があるか、そして教育委員会や国は学校の取組をどのように支援し、また自らどのような取組を行うべきかについて全般的な検討を行った。
1. 登校拒否問題への対応の基本的視点
まず、本協力者会議としては、登校拒否問題に対して、次のような視点に立って、学校、家庭、関係機関等がそれぞれの立場で対応していくことが重要と考えた。
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第一は、登校拒否はどの子どもにも起こりうるものである、という視点に立って登校拒否をとらえていくことが必要であるということである。すなわち現在元気に通学している児童生徒も、様々な要因が作用して登校拒否に陥る可能性をもっているという認識をもつことが、登校拒否の予防的観点から特に必要となってくる。
文部省の学校基本調査に見る「学校ぎらいにより50日以上欠席した児童生徒」以外にも、月曜日に休みがちな子ども、飛び飛びに休みがみられる子ども、夏休みなどの長期休業明けに休みがちな子ども、特定の教科の授業がある日に休みがちな子ども、50日とはいかないまでも学校を欠席しがちな子どももいる。また、遅刻を繰り返す子どもの中には、学業が思わしくない、友人関係がうまくいかないなどにより学校生活にプレッシャーを感じて学校に行きたくないという気持ちをもつなど、登校拒否の可能性をもった児童生徒もいる。つまり、登校拒否は特定の児童生徒に特有の問題があることによって起こるといったようなパターン化して予測されるものでなく、児童生徒がある程度共通して潜在してもちうる「学校に行きたくない」という意識の一時的な表出として登校拒否となるケースもあるということである。
文部省の調査にあるように、登校拒否児童生徒のうち約三割は当該年度中に再び登校するようになっていることからしても、登校拒否を一種の克服困難な病状であるととらえることは適切でないとの認識をもつことが必要である。 |
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第二は、いじめや孤立など友人関係の中で起こる子ども同士の葛藤、学業の不振、児童生徒の教師に対する不信感はど、学校生活上の問題が起因して登校拒否になってしまう場合がしばしばみられることに留意する必要があるということである。
文部省の調査によると、登校拒否となった直接のきっかけとして学業の不振や友人関係をめぐる問題など「学校生活での影響」を挙げるものが4割近く存在している。
例えば、授業の内容がわからない、授業の進度についていくことができないということが、学校に行きたくない、学校に行ってもつまらない、といったいわゆる学校ぎらいの気持ちを生じさせ、登校拒否になってしまうケースがある。また、児童生徒にとって友人関係がもつ意味や意義は極めて大きなものがあるが、このことがうまくいかず登校拒否になってしまうケースもある。
したがって、この問題の解決に向けて教育の専門機関である学校の努力、教師一人一人の児童・生徒理解を深め、指導の改善を図る努力は極めて重要である。 |
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第三は、学校、家庭、関係機関、本人の努力等によって、登校拒否はかなりの部分を改善ないし解決することができるということである。
文部省の調査によれば、家庭訪問を行ったり、電話をかけたりするなど家庭への働きかけを行う、いじめなどに関し友人関係を改善したり、教師との関係を改善したりするなど学校内での指導の改善工夫を行う、教育センター等の相談機関と連携して指導に当たる等、学校での取組が効果を上げ(本来的な立ち直りかどうかの判断は追跡調査が必要であるにしても)、年度に約3割の児童生徒が再び登校することができるようになっている。
また、教育委員会が、上述のとおり、心理療法を行う部門と学力補充等を行う部門を併設した「治療指導施設」を設置し、ここで登校拒否児童生徒を専門的に指導することにより、かなり高い学校復帰率を示しているところもある。
さらに、文部省の調査によると、登校拒否のきっかけとして全体の3割近くが「学校生活での影響」を挙げている点に注目する必要がある。今日、家庭を取り巻く地域社会の変化、子どもの遊びの変化等により、子どもの調和的な成長を支える教育基盤が脆弱化しており、これらのために、子どもがたくましく生きる力を十分に身に付けられないまま成長している面もあることが指摘されている。このような状況の中で、学校が家庭の悩みや不安を受け止め、その心理的安定を図るなどの親身の指導を継続的に行った結果、保護者の子どもに対する意識が変わって、積極的に子どものよさを評価するようになったために、児童生徒が徐々に変化し登校するようになった例もある。
したがって、学校、家庭、関係機関等があたゆる機会に緊密な連携を図って取り組むことにより、登校拒否のかなりの部分を改善ないし解決していくことができると考えられる。 |
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第四は、子どもの自立を促し、学校生活への適応を図るために多様な方法が検討される必要があるということである。
登校拒否の問題については、あくまで児童生徒の学校への復帰を目指して支援策が講ぜられる必要があるが、様々な登校拒否のケースの中には、子どもや親が何がなんでも学校にいかなければならないという義務感を抱く結果、それがプレッシャーとなり登校拒否の状態がかえって悪化してしまうケースも少なくない。例えば登校拒否が長期化し、あるいは不安などの情緒的混乱が強くみられ、学校がいろいろな努力をしても登校拒否の児童生徒の学校への復帰が困難であるような場合、当面学校の指導以外の他の適切な指導の方法も検討される必要がある。
文部省では、現在教育センター等の学校以外の場所に登校拒否児童生徒を集めて、総合的な指導対応を行う「適応指導教室」の研究委託を行っているが、教育委員会単独で同様の事業を実施しているところも増加している。さらに、最近他の相談機関、その他民間においても登校拒否児童生徒を対象にした活動を行っているところが増えてきており、これらの中には、学校に行くことができない間、登校拒否児童生徒が学習する場になっているところもみられる。
登校拒否の児童生徒にとって重要なことは、単に再度学校に通えるようになればそれでよいというわけではなく、登校拒否という状況を克服する過程で児童生徒自身がどのような力を身につけ、いかに成長したかということである。すなわち、児童生徒の学校生活への適応を図ることと同時に、その自立をいかに促すかという視点をもって指導することが基本的に重要なことである。
したがって、児童生徒の自立を促し、学校生活への適応を支援する上で必要かつ適切と学校が判断した場合は、当面他の機関における適応指導の機会も考慮するなど、児童生徒の自立を促し学校生活への適応を図るために多様な方法が検討される必要がある。 |
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第五は、子どもの好ましい変化は、たとえ小さなことであってもこれを自立のプロセスとしてありのままに受け止め、積極的に評価することである。
上記にいう自立とは、子どもが社会の変化の中で主体的に生きていく力を身につけ、豊かな自己実現を達成していくことである。その力はいったん獲得されればそれで目的が達成されるというものではなく、子どもの成長発達の状況に応じ、絶えず高められなければならない。こうした自立する力の獲得によって、子どもは様々なハードル(課題)を乗り越えることができるのであり、学校はまさに児童生徒のこのような自立の営みを支援する場なのである。
子どもの自立への歩みは、決して一様ではなく、中にはゆっくりとした足取りを示す子どももいる。したがって、教師や保護者は、登校拒否に陥った子どもがその立ち直りを図る中で、明るく生き生きした表情をみせるようになった、朝きちんと起きられるようになった、身の回りのことを自分で整理するようになった、あるいは友人と交わることができるようになったというようなことなどは、その事柄自体が子どもの成長であり、自立へのステップであると受け止めて共に喜ぶ姿勢をもつことが大切である。一人一人の子どもの成長発達にも個性があることを理解しなければならないのである。 |
以下、学校、教育委員会、国、関係機関等がこの問題の解決に向けて努力していくに当たって特に留意すべき事項について述べることとする。
2 学校における取組の充実
学校は、社会において子どもの成長発達を見守り支援するための最も身近な場でありその専門機関である。また、子どもの教育にとまどいながらもその自立を願って賢明に努力している保護者の子どもについての悩みを受け止める場でもある。
今日のめまぐるしく変化する時代状況の中で、学校の教師一人一人がこうした認識の下に教育の専門家としての誇りをもちその使命達成に向け全力を傾けることが今日益々求められている。このような努力の中で教師と児童生徒が人間愛で結ばれ、学校が児童生徒にとって自己の存在感を実感でき精神的に安心していることの出来る場所−「心の居場所」−としての役割を果たすことによって、学校は社会の中でいっそうの信頼を勝ち得ることができるのである。
(1) 真の児童生徒理解にたった指導の展開 --予防的対応のために--
学校では、児童生徒の健全な発達を目指して各教師が日々様々な努力を行っている。しかしながら、学校において、例えば、教師が児童生徒の気持ちや心情を察することなく一方的に叱ったこと、児童生徒がいじめを相談しようとしたが教師が軽く考え真剣に耳を傾けなかったこと、児童生徒が必要以上の厳しい指導を受けたため学校や教師に恐怖心を持つようになったこと、教師が授業についていけない児童生徒を軽視するような態度をとったこと、など個々の児童生徒への細かい教育的配慮を欠いたり、画一的な指導を行ったため登校拒否となったケースなどが報告されている。また、学校や学級が知識や技能の伝達に偏った指導の空気を強く感じさせたこと、過度に厳しい校則があり運用に当たっても息苦しさや重苦しさを感じさせるものがあったこと、逆にいじめなどの問題傾向を持つ児童生徒への指導が十分でなく荒れた雰囲気となっていたこと、など学校の指導の在り方等に反発し登校拒否となったケースもある。このように教師の児童生徒理解が不十分なために指導に適切さを欠いたり、学校の不適切な指導方針や指導体制があったりしたため、登校拒否のきっかけをつくってしまう場合がある。
そこで学校では、児童生徒一人一人の個性を尊重し、児童生徒の立場にたって人間味のある暖かい指導が行えるよう、指導の在り方や指導体制について絶えず検討を加え、きめ細かい指導を行うことが必要である。そのため、教師自身が、自らの指導の在り方、指導力について常に改善・向上を図るとともに、児童生徒をありのままに受け入れ、共感的な理解を持って、児童生徒自信が自主性、主体性を持って生きていくことができるよう、きめ細かな指導・援助を行っていくことが求められる。その際、児童生徒とのふれあいを基盤として一人一人の児童生徒のよさや積極面を評価、理解し、児童生徒自身がそのよさに気付き、それをのばしていくことができるように支援することが大切である。
自主性、主体性をはぐくむ視点に立った指導の充実
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登校拒否の児童生徒をみると、学校生活の中で、児童生徒が自分を生かせる場、個性や能力、自主性や主体性を発揮できる場を見いだすことができずに登校する意欲を失い登校拒否となったケースがみられる。学校においては、あらゆる教育活動の中で、児童生徒の自主性、主体性を育みながら、一人一人がたくましく生きていくことのできる力を養っていく必要がある。そのためには、一人一人の児童生徒が毎日の授業や学校行事、部活動などの中で、自らが「必要とされる存在」であることを感じることができるようにするとともに、自己を生かすことのできる場、自己実現を図ることのできる場をもてるように配慮する必要がある。
近年、乳幼児からの発達段階に応じた生活体験の不足、子どもの遊びの質の変化、都市化の拡大による地域の教育力の低下、高学歴を志向する社会的な風潮に伴う受験競争の激化や、それに伴う教育の知育偏重の傾向など、様々な要因が絡み合い、保・幼・小・中・高等学校の段階で、適切に身に付けなければならないと考えられる資質、例えば、耐性、自立感、活動性、自発性、アイデンティティなどを十分に身につけることができない子どもが増加しているといわれる。
このため、各学校においては、児童生徒が社会においてたくましく生きていくために必要な力を育むという視点に立って、学習指導はもとより教育活動全般を通して、発達段階に応じた資質・』能力を獲得することができるよう、ひょりいっそう指導の充実を図っていくことが必要である。
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適切な集団生活を行い、人間関係を育てる工夫
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一人一人の児童生徒が楽しい学校生活を送ることができるよう、よりよい集団を育てることは、児童生徒が適応力を身に付ける上で極めて重要である。学級活動をはじめとして特別活動の時間において、児童生徒が集団の中で好ましい人間関係を築いていく力、適切に集団生活に適応する力を身に付けることができるよう、指導・援助することが必要である。
しかし、登校拒否の児童生徒をみると、友人関係をうまく保つことができずに悩んでいたり、いやがらせを受けていたり、仲間はずれにされたりすることによって登校拒否になってしまったケースがしばしばみられる。教師は、一日中教室の中で児童生徒と生活を共にするわけではなく、教師の目の届かないところで、こういったことが起こりがちである。また、教師の指導の在り方によっては、学級での集団のまとまり自体が強調されるあまり、一人一人の考え方や行動が制約されたり、自発性が失われていたり、さらに、集団による個人に対する制裁的な作用が生じたりすることもある。学級集団の指導に当たっては、一人一人の児童生徒の意識や行動を十分理解したうえで、指導を行うことが大切である。
なお、友人関係について、総理府調査「子供の意識に関する世論調査」及び「第5回青少年の連帯感などに関する調査報告書」(平成3年)をみてみると、障害性では「非常に仲のよい友人の数」では「6人以上」が36%、「4〜5人」が33%、「2〜3人」が27%、「1人もいない」0・5%である。中学生でも、ほぼ同様であるが、「1人もいない」が1%と小学生に比べて多くなっており、高校生では5%にもなっている。これらの調査結果を含め最近の青少年の傾向をみてみると、生活時間のなかに占める交際時間の少ないこと、友人関係で表面的な付き合いが多いこと、などが最近の児童生徒の友人関係における特徴としてあげられる。このような児童生徒の友人関係が表面的で希薄であることが、学校で孤立感、疎外感をもたせることになり、学校生活に意義を見出せずに登校拒否となってしまうことも十分考えられる。
したがって、こうした最近の児童生徒の人間関係をめぐる状況を配慮し、学校は日頃から学校、学級内の児童生徒間の人間関係に一層目を配り、一人一人の児童生徒が集団の中で生き生きと活動できるように援助することが重要である。また、遠足や修学旅行、自然教室、運動会、文化祭等の学校行事、勤労生産学習やボランティア学習、社会奉仕活動等の体験的な学習活動などは、児童生徒同士の好ましい人間関係を育てる上で貴重な好機ともなり得ることから、このような機会を利用してよりよい集団の中の人間関係をつくることが大切である。
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学習指導方法および指導体制の工夫改善
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登校拒否の児童生徒をみると、学習の内容が分からなかったり、学習の震度についていけなく庵ッ足りしたことが登校拒否のきっかけとなったケース、欠席がたび重なると一層学習が分からなくなるといった悪循環に陥って、登校拒否が長期化してしまったケースがある。
児童生徒は、それぞれ多様な個性・能力・関心等をもっており、一人一人の児童生徒の発達の課題を達成する短には、画一的・一斉的な指導のみではなく、個別学習、グループ学習、ティームティーチング等を取り入れたり、コンピュータ等の教育機器を活用したりするなど、個に応じた指導方法を工夫し、学習内容の理解の定着を図っていくことが大切である。また、登校拒否の児童生徒を見ると、例えば、小学校で学級担任が変わった際担任教師の指導の仕方の相違から教師への不信感をもち登校拒否となったケース、校内暴力が起こるなど学校の生徒指導体制が不十分であったため登校拒否となったケースなど、指導の在り方に対する教師の共通理解が不十分であったり、学校としての指導が不適切であったりしたことがきっかけとなったケースがみられる。
学校においては、校長が登校拒否の問題を重大な教育課題としてとらえ、児童生徒が登校拒否に陥った場合はもちろんのこと、日頃からリーダーシップを発揮して、教師の指導力の向上を図るとともに、生徒指導部などの指導組織が登校拒否児童生徒についての理解と対応力を高めつつ、機能的に指導力を発揮できる指導体制をつくっていくことが大切である。その際例えば、ア.学業不振、欠席がち、、いやがらせを受けている、といった問題を抱えているすべての児童生徒の情報を敏速かつ的確にとらえ、共有できるよう教師間での情報交換の場をつくる、イ.児童生徒の心身の健康の保持増進に日常携わっている養護教諭と連携して多角的な対応をする、ウ.校内研修、職員会議、学年会等の場において事例研究を計画的にすすめるなどにより、実践に基づいた教師間の共通理解を図る、エ.児童生徒理解や指導・援助の在り方について校内研究の主題に取り上げるなどして、基本的な研究を行うことが考慮される必要がある。
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主体的な進路選択能力の育成を目指す進路指導の充実
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進路指導は、児童生徒が自己理解を深め、個性・能力を伸張し、自己の将来の生き方を考え自らの人生の方向を設計し、その実現を図るための指導・援助である。学校においては、児童生徒が社会の変化に主体的に対応できる力、自らの将来に対して目的意識をもって生きる力、生涯にわたって自己実現を図っていく力や態度を養うため、発達段階に応じた適切な進路指導を行うことが必要である。これは、中・高等学校のみならず、小学校段階から配慮すべきことである。
しかしながら、実際には、学校によっては本来の進路指導ではなく創業学年における進路指導となってしまっているところもある。そのことは近年、高等学校などに進学した後で、その学校での生活になじめなかったり、充実感をもてなかったりして登校拒否になったり、中途怠学したりするケースがみられることにも表れている
中学校絵の進路指導絵は、全ての生徒が進路を決定して卒業してほしいという強い意識があることや、実際の受験の機械に制約があることなどから、いわゆる中学浪人を出さないため、結果として学力偏差値に見合った高等学校の受験を勧めがちである。生徒の中には、このような傾向に反発を感じ学校に対する信頼を無くしている者、受験の際の調査書、報告書などの記載を意識し学校生活を送る上で負担を感じている者、目的意識をもつことができず将来の進路に対する不安をもっている者、など問題を抱え悩んでいる生徒も多く、そのことがきっかけで登校拒否になるケースもある。
学校においては、生徒がいかに生きていくべきかについて自分なりの考えをもち、主体的に適切な進路を選択することができるよう、例えば、様々な進路先やその内容、特質などのグループ調査や発表、先輩や社会人の体験発表、高等学校等への体験入学、進路に関する不安や悩みの相談に応じる体制の整備などの工夫も取り入れ、学校全体で計画的、組織的、継続的な進路指導を行っていく必要がある。
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児童生徒の立場に立った教育相談
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学校における教育相談活動は、特別な心理診断や心理療法などを行うことに意味があるのではなく、一人一人の児童生徒をありのままに受け止め、その良さや積極面を評価、理解し、児童生徒がそれを伸ばしていくことができるよう援助することである。このような教育相談が行われるとき、登校拒否となっている児童生徒や保護者が抱えている悩みや問題等の解決に、また、登校拒否の前兆を早期に発見することなどに大きな役割を果たすこととなる。特に、学級担任のk表紙は、児童生徒に最も身近であり、日頃から触れ合い、かかわり合いをもつ機会が多いため、教育相談に果たす役割も大きい。しかしながら、学校では、登校拒否の解決を担任の教師や生徒指導担当教師だけの課題に終わらせることなく学校全体の課題としてとらえ、教育相談の充実に取り組むとともに、教師が児童生徒と日頃から積極的なかかわりをもち、暖かい人間関係をつくり、児童生徒が悩みや問題を気軽に相談できるような雰囲気づくりに努めることが重要である。同時に、悩みを抱える児童生徒をありのままに受け止めるという包容力の大きい姿勢をもつことが大切である。例えば、定期的に相互信頼のための個別面接や教育相談を行うなかで児童生徒がいやがらせを受けていることがわかりこれを解消したケース、友人関係がうまくいかないなど悩みをもっていた生徒が相談することによって心の重荷が除かれたケース、授業が分からないため欠席が多くなってきた児童生徒が相談を行うことによって、無理のない学習方法を見出し学習への興味を回復できたケースなど、学校での相談が児童生徒の立ち直りに大きな役割を果たしたケースがしばしばみられる。
教育相談は、教育相談室で行うものばかりでなく、様々な教育活動の中で、状況に応じて積極的に柔軟かつ適切に展開することが望まれる。授業時、休み時間、給食時・昼食時、放課後あるいは、保健室に来ている時等様々な機会に示される児童生徒一人一人の表情や言動等が意味するところを見逃さないという姿勢をもって、教育相談を進めることが大切である。面接以外にも交換ノート、作文、読書、心理劇等を通じた教育相談、スポーツやゲーム等を通じた教育相談など多様な方法が考えられる。
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開かれた学校づくり
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ア 学校と保護者とのかかわり
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学校においては、いわゆる「開かれた学校」という視点に立って、学校や児童生徒が抱える問題について家庭や地域社会の人々と率直に意見を交わし合うなど、意義のある連携を深めていくことが必要である。
このため、まず学校と保護者との間に、共に子どもの豊かな成長発達を見守るという視点に立って、真の協力関係が築かれることが大切である。例えば学校では児童生徒に問題行動があると保護者との面談を行うことが多いが、保護者との面接の際に、「協調性がない」、「過保護である」、「ルールを守らせよ」など児童生徒や保護者の問題点ばかり指摘したり指示が多くなったりしがちである。保護者も一方的に責められるのでは、仮に自分に問題を感じていても、学校の指導に反発し、距離を置き結果としては不信の念を抱くようになる。
このような場合、まず、保護者の気持ちを受け止め、その上で共に考えるよき協力者としての助言・指導を行うべきである。また、例えば、近くの公民館を借りて保護者との懇談会を積極的に開く、特技を持つ保護者にボランティアとして部活動等の指導に参画してもらう、保護者の悩みや建設的意見には即時に対応するなど、保護者と学校がコミュニケーションを図り、共に協力し合える手立てを工夫し、学校や児童生徒の抱える問題について率直に話し合えるようにすることが大切である。
特に登校拒否の前兆としての行動や態度は、家庭生活に表れることが多いため、友人や学校についての訴えなど、学校で十分に察知できない実態の把握について、学校は家庭と緊密に連絡を取り合う必要がある。例えば、学校でいじめに遭い登校拒否となったことに教師が気付かず、保護者がこれを発見して学校に連絡したことが解決のきっかけになったケースがある。
学校においては、こうした意思の疎通が十分できるよう家庭との信頼関係を日頃から作るように努めることが大切である。
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イ 学校と地域とのかかわり
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学校は、ともすると教育の責任を意識するあまり、学校の中の問題は学校の中だけで解決しようとし、問題が大きくなってから保護者やPTAあるいは関係機関の協力を求めるという傾向に陥りがちである。児童生徒の望ましい人間形成を図っていくためには、できるだけ学校運営に対する学校外の人々の建設的な意見に耳を傾けたりしていくことが必要である。また、学校は地域にr階を求めるだけではなく、例えば、社会教育団体あるいは青少年築対策委員会などに地域における子どもの集団的な活動や遊びを通した人間関係を深める活動などに、積極的に協力していくことなども必要である。そうすることによって様々な要因をもつ登校拒否の解決を図るために、新たな視点に立つ方策が生まれることも期待できる。
登校拒否の問題の根本的な解決を図るためには、保・幼・小・中・高等学校の関係者が集まり、成長過程という一つの流れのそれぞれの発達段階における課題を話し合ったり、お互いの情報交換を通して、普段は分からない他の発達段階の子どもの実態や指導のあり方について理解を深めることが大切である。そのためには、合同で学習指導や生徒指導の連絡会、研究会、研修会などを行うことも必要である。また、福祉をはじめ様々なボランティア活動、青年の家などでの社会教育関係者のプログラムが登校拒否児童生徒の学校への復帰の支援をあげている例もみられる。関係者相互の十分な理解の下に、このような連携供養力を行うことも意義のあることである。
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関係資料
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