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1.体験談は批判されない 体験談は決して批判されません。批判する人は体験談を話したメンバーを上から見おろしていることになり、上下関係をつくることになります。これは自助グループにとって「危険な状態」です。「司会者、経験者などが支配的になってしまうと、もうその例会はまったく機能しなくなる。ひとりひとりの発表が終わる度に、いちいち批評するだろう。時分の好みの発表は極端にほめ、反対の場合は注意したりする。指示的、支配的傾向の強いベテラン会員が、我々にとって一番大切な例会を駄目にする」と言われています。 2.自分のことを話す 家族メンバーの場合でも、本人のことを話すのではなく、家族自身の体験談を話すことが大切です。本人のことばかり話す人はまだ本人にとらわれており、そこから離脱することが大切なのです。「家族が私たちのことを語り続けてくれることは私たちにとって非常に重要だが、家族自身にとっては自分の体験を語ることがもっと重要である。私たちの不登校に悩まされ、苦しみ、そうした生活の中で揺れに揺れた自分の心の動きを語ることで、自分のもっている 病んだ部分 を回復させることができるからである」と言われています。 3.体験談は変わっていく 「例会に言っても、毎回同じ話ばかりで、もう話すことがない」という人がいますが、過去の体験談でもその人の成長(回復)につれて変わっていくものなのです。過去の事実そのものは変わらないにしても、それを見る目が変わっていきます。つまり、過去が新しい色でぬりかえなれる訳で、過去の意味も変わってくるのです。そのことが、成長し回復に向かっている証拠とも言えましょう。 4.機密保持の問題 「どの程度までグループの外で話しても良いか」あるいは「この場で聞いたことは一切外で話さない」のかなどを決めておく必要があります。そうしなければ、安心して心を開いて話すことができません。
1.例会ではメンバーは対等 例会では、会長とか副会長というような役割はありません。古い・新しいもありません。ですから、例会では「さんづけ」で呼び合い、なるべく「〇〇会長」と呼ぶことは避ける方が良いと思います。「例会の中身は役職や体験歴に関係なく平等な立場で参加した我々がつくる。縦組織とはまるで関係のない横一線の形で進められる」ものであり、「縦組織のリーダーとして選ばれた人たちは、それなりの人格、識見、行動力のある人であるが、その能力を発揮するのは組織の運営だけである。組織から与えられた権限を例会にまで及ぼすと、せっかいの人望を台無しにし、ついには例会そのものを衰退させる」のです。 2.例会は体験談が中心 「会長や副会長が参加者に訓戒を垂れる訳ではない。経験の長い会員が、新しい会員に生き方などを教える訳でもない。司会者が会員の発表の論評を加える訳では勿論ない。独特の不登校論を押しつける会員、お説教ばかりする会員、ひいては例会そのものを取り仕切ろうとする会員……そうした指示者や支配者のいない例会は、自分を素直に語れ、人の話を謙虚に聞くことができて収穫が多い」と言われています。
1.あくまで体験を語り、指導はしない メンバー同士の相談でも「自分の場合はこうだった」という体験を語るだけで、「こうしなさい」というような指導は極力避けます。相談した人は語られる体験の中から、自分に取って有益と思われるところを自分の吸収して、どうするのかを決める訳です。こう考えますと、相談も例会と全く同じとも言えるでしょう。 質問に答えたいと思うときには、「私もそのような経験があって、このようにしたら、こうなりました」と、自分の体験を語るのが最も良く、「そのような時にはこうすべきだ」という「指導」は良くありません。これでは先生対生徒の関係になってしまい、「対等」な仲間ではなくなってしまいます。体験談というものは、聞いた人がその中で自分の役に立つと思われるものを主体的に吸収するものであり、決して自分の体験を他のメンバーに押しつけるのではありません。 2.自分の体験だけはオールマイティーではない 同じ体験をしているということが、自助グループの最大の武器ですが、逆に自分の体験が100%他のメンバーに当てはまるという保証がないのも事実です。細かいところでは微妙に違う訳ですから、自分ひとりの経験を絶対視するのは危険でしょう。 3.相談のルールづくり 短所を補うために、例えば次のようなルールを決めるとよいでしょう。
自助グループに求められる12カ条
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