| [246] いずみさんへ 投稿者:H2O 投稿日:2008/08/30(Sat) 01:19 |
| いずみさん、みなさん、こんにちは。はじめまして。H2Oといいます。 いずみさん、 いずみさんは、愛情と、明るいエネルギーがあって、本当に素晴らしい方ですね。 お母さんといずみさんはそっくりですね。 書いてくださってありがとうございます。 お母さんの本気の愛情にこたえて、いずみさんがぐん成長されていく様子。 そしてウソのない本音のぶつかりあいや、粘り強いお母さんの愛情。 読ませていただいて、目の前がパーッと明るくなりました。 何度もかみしめて読み返しています。 「真剣に子どものことを思って叱る(怒るのではなく)。 そのためには親がぶれていない考えを持っていなければならない。」 「子供が納得するまでとことん向き合っていく。」 なるほどなあ、本当だなあと思いながら読みました。 20歳のいずみさんが、子どもの立場から、こんなにキチンと整理して書いておられることに感動しました。 きっと何度も何度も、深く考えて、自分の思いを整理してこられたのでしょう。 いずみさんの言葉は、きれいな水のように、私の頭の中を洗ってくれました。 「子供を救えるのは誰でもない、親だけです。 そして親を救えるのもまた、子供だけです。」 …これにはビックリしました。 親もまた、子どもの力を見ることで、救われていくのですね。 そうですよね。そう言われてみると、本当にそうだなあと思いました。 「目を逸らさないで、気合をいれて、 親はそっぽを向き続ける子供と向き合ってあげてください。」 …そうなんですね。 子どもがそっぽを向いても、親は気にしてはいけませんよね! 子どもの態度に、いちいち揺れてはいけないのですよね。 「こんなに人生はハッピーなのよと、教えてあげてください。」 …ハッとしました。 親が、人生に絶望していてはいけませんよね。 そうですね! 親が人生を信じられるようにならなければ! 「私は今最高にハッピーです。」 …いずみさんのように、 いつか私の子どもも、こう言える日が来る。 そんな気がしてきました。 いずみさんが、長い間に身につけた知恵と力。 惜しげもなく分けてくださったのですね。 本当にありがとうございました。 |
| [245] 今は元気に 投稿者: 投稿日:2008/08/12(Tue) 23:59 |
| 私はほぼ小学生から不登校でした。 現在では、20を迎え、五つ星高級旅館の仲居をしています。 私の場合は高校デビューでした。笑 私が「不登校」といわれるようになったのも本格的になったのも、中学1年のときで、母は困ったそうです。 車から引きずり出され、泣いて喚いて、家では父が暴れ、血が床にポタポタと寝室まで続いていて、泣きながらおびえた日もありました。 父はアルコール中毒者です。 母に暴力を振うのだけは許せなくて、私は毎回止めて、殴り返したりしていました。 母はとても元気で、明るくて、田舎ではなく都会的な考えの人だったので、「不登校」に関する理解も人よりはあったため、私は不登校ながらも、映画館に行ったり、母と遠出したり、源氏香を習ったり、絵を書いたり、ジムに通ったりと、楽しく毎日を過ごし、中学校を卒業しました。 やはり、一時期は引きこもり、自殺未遂を何度もしました。 母を殴ったこともあります。 家の中がぐちゃぐちゃでした。 それでも、中学生が終わる頃、私は母の理解と、学校側の先生方の協力のおかげで、高校に進学できました。 近所をぶらぶら歩いてて「あら、学校は?」とよく聞かれても「不登校なんです」と言って回るような奴だったので、案外周りには不登校だと広まってましたね。笑 不登校の親は、子供を恥だと思う人も中にはいるのでしょう。 学校に問題がある!と言う親もいるでしょう。 でも、 その前に家庭の中をよく見てください。 食事中、携帯をいじくる子、会話のない家族。 多分、玄関からそのまま自分の部屋にいける様になっている家だと、なおさら各自の生活が曖昧なものになって、いつ帰ってきていつ出て行ったのかがわからくなってしまうのだと思うので、家を建てるときは必ずどこの部屋に行くのにもリビングを通らなくてはならないような造りにすると、自然と家族と顔をあわせることも多くなると思います。 親の感情に敏感な子は特に、親の顔色をうかがいます。 愛情ってなんだろう。 物を買うのが、優しくするのが、溺愛するのが、愛情でしょうか。 私は、 ちゃんと面と向かって、真剣に自分のことを思って、叱るのが愛情だと思います。 もちろんそれだけではないのでしょうが、子供はそれを求めてます。 怒るのと叱るのとでは「相手を思う気持ち」が違いますね。 それに、叱るには親がぶれていない考えを持っていなければならないので、難しいことだとは思います。 子供が納得するまで、とことん向き合っていく。 それが何より必要だと思います。 不登校の子は、外に連れ出すのが一番だと思います。 不登校の子もまた、不登校期間を有意義に使った方がいいと思います。 私は不登校期間で、いろんな大人の人に出会い、学びました。 それは学校では学べないものですが、逆に学べなかったこともあります。 今私は不登校だったことを後悔してません。 不登校だったと思われたこともないぐらい元気で馬鹿でドジな奴です。 高校時代はビジュアル系バンドの追っかけに明け暮れ、魚屋でバイトする日々でした。 魚屋はかなり過酷なバイトでしたが、根性がつきました。 高校卒業後、趣味でもあった乗馬を生かし、千葉に住み込みで乗馬関係の仕事につきましたが、半年でやめました。 乗馬の仕事で腰を壊した為です。 あまりに、仕事が過酷すぎ、男性も1日で辞めるような体力勝負の仕事でした。 最後らへんは、もう50キロの草の束を投げるぐらい怪力女になってましたね。笑 元々接客業をしたかったので、母の仕事で常連できてくださっている方が、有名旅館の社長様で、そのつてで現在の仕事についています。 現在は実家の傍の別荘に暮らしています。 不登校のときは、「なんで私が」と思う日もあり、母もまたそう思ったのでしょう。 ですが、母と私はいつも向き合い、母の粘り強さのおかげで私は今元気です。 子供を救えるのは誰でもない、親だけです。 そして親を救えるのもまた、子供だけです。 目を逸らさないで、気合をいれて、親はそっぽを向き続ける子供と向き合ってあげてください。 こんなに人生はハッピーなのよと、教えてあげてください。 私は今最高にハッピーです。 |
| [243] Re:[239] 皆に伝えたいこと。 投稿者:イチゴ 投稿日:2008/06/06(Fri) 21:58 |
| Kさんへ 今頃書いても見ていただけるか、わかりませんが。 私は中1の子の母です。Kさんのを読んで、本当にまじめに生きていると思います。 絶対に逃げてなんか、ない。 逃げだといった人は、わかっていないし、その方の方が、真面目に考えることをしないで、逃げていると思います。 だから、Kさんは自信を持って! もう、これを書かれてひと月くらいだから、落ち着かれていますか? 家族とか、周りで、誰か一人以上は、理解してくれる(または理解しようとしてくれる)人はいますか? もし、いなくても、ここをより所にしたり、ここに書いていいのか?わかりませんが、 東京シューレとか検索して、メールや、電話、ファックスで、相談したり(何かあったときは)できます。 もう、そんなことはご存知かもしれませんが。 Kさんだけでなく、ほかに悩んでる方もこれを見てるかもしれないと思って書きました。 相談、たとえしなくても、どこかに相談できる、自分と似た考えの人がいる、と思うだけで、つらいことも半減したり、勇気が湧いたりしますよね。 私も、掲示板に書いて、頭の整理できたり、ほかの方の励ましとかで、うれしくなったりしました。 > 常識人には分からない、理解できないという、非常識で不思議な世界でもあるんです。そこから【知恵】を吸収したり【閃き】を生むという事もできます。 > Kさん、そんな感じ。でも私たちだって常識はずれじゃない。みんなより、少し経験が早かっただけ!だと思う。 あと10年したら、不登校なんて言葉古くなってて、学校かフリースクールか、家で学ぶホームエデュケーションか、自由に選べるようになっているかもよ。 > > 私は登校拒否をして気付く事はいっぱいあったし、皆には分からない世界(あるいは『解けない数こそ価値がある』という)こそ、価値があると思えば良いんです。 > うん、そうね。 > ただし、 > 何も考えずに親に縋りついたまま、だらだらとバイト生活などをするのではなく夢を持って、その道を切り開けば良い(自立に覚悟と夢に責任を)んです。ただそれでもう嫌だとか逃げるのはもうナシです。夢は逃げない、逃げるのはいつも自分です。 > Kさんも全然にげてないよ。 私はKさんの3倍くらいの年ですが、心はよく似てると思う。 また、お話できたら、うれしいな。 私もアディオス! |
| [242] 無題 投稿者:イチゴ 投稿日:2008/06/06(Fri) 11:20 |
| すみません、3月と今日6月6日に「いちご」で投稿したのですが、 過去ログを見たら、同じネームの方がいらしたんですね。 「15」にしようかと思いましたが、数字だとまぎらわしいから、 「イチゴ」にします。 知らなかったので、許して下さいね。ぺこり |
| [241] Re:[236] いちごさん書き込みありがとうございます 投稿者:いちご 投稿日:2008/06/06(Fri) 10:59 |
| > せっかくですので、重複していた書き込みを整理しし、交流掲示板の方にも転載させていただきました。今後とも、よろしくお付き合い願います。 いちごです!娘の中学受験とかで、バタバタしてて、久しぶりに見たら、 管理人さんの温かいお言葉。あちらにも入れていただけたそうで。 ありがとうございます! 不登校でもいい。行けなくなったのは、不登校の子だけの責任ではないし。 私も最初は、逃げカナ?と思いましたが、学校に少し関わってみると、すぐ、 「重苦しすぎるな、先生も生徒も、余裕がなさすぎるな〜」ってわかりますよね。 学校、子供がいやがるなら、「離れてもいいんではないか」 学校には「子供が行きたくなったら、すぐ行かせます。今はこのままにして、静かに 過ごさせてください。でないと、私が(母が)具合悪くなりますので」と言っておきましたら、ほーんとに静かに連絡なかった(笑)です。 で、その後の話があるんですが、長くなってごめんなさい。 娘が去年、「中学は制服ない所に行きたい」といい、2か所ピンときたので、 私の興味あった学校もその2つと、あとはフリースクールだったんで、 行ってない小学校の担任氏(学校でもなかなかつかまらない人なので)とメールや、 学校へ手紙を持って行ったりし、(副校長から伝えてもらったこともあった) 願書の報告書もやっと書いてもらって、間に合わせました。 二つとも受験といっても、作文と面談、授業を受ける、などでした。 娘は作文教室もいやがったので、家で書いて出す分だけ、父母が見ました(嫌がったが)。 下書きは、もうばっちり(不登校を後悔してない、などの内容で。フリスぺの友達とは、一生付き合いたい、など。親馬鹿ですが、夫まで感動)だったのに、 清書するたびに、内容がつまらなくなり、すっごくざんねん。(笑) 最初のに落ちたけど、自己肯定が強いのか、家族全員、「なんで、こんな子を落とすの?へんな学校」って。 次の学校は、さらにいけてる学校で、特区で不登校の子のみを受け入れている(学校にいっていても、いきずらいという子も相談し第で受験できるかも)所で。 校長先生を親の会で知っていて、私はいいと思ってたけど、娘にはどうかな? どんな学校でも行ってみなけりゃ、わからないし、友達も最初わからないし、と。 入学式、以外と制服っぽい子多い?今デパートで売ってる好きなかっこいい制服(自分にあうやつ)着てる子も1割以上。私服もいろいろですね。 娘は入学式から破れたジーンズ、超普段着。 よかったのは、クラスでなく「ホーム」という1,2,3年生5〜8名の全部で20名のがあって、いきなり2,3年女子と仲良く食事してきました。 3日目には、男の子(帰国男子)とも、仲良しに。 障害のある子もチラホラいるみたいですが、みんな自然に出来ないことだけを手助けするだけで、自然に付き合ってます。 だから、パニックになる子はいない。ほかの学校にはない、余裕がここにはあります ね。帰りも誰に頼まれたわけでもなく、一緒に帰れるところまで帰っているようです。 先生ではなく、スタッフといい、●●さん、や●ちゃんと呼び、 スタッフも「ここでは先生だから、大人だからでなく、ひとりの人間として、子供達と関われるので、前の学校や、大学にいたときより、楽です。 子供を尊敬できるようになりました」っておっしゃるんです。子供を先生たちが尊敬してくれるなんて、うれし涙でてしまいます。 この間、郷土料理の手伝いに行った時も、居心地がいいらしく、放課後だったから、 卒業生も遊びに、来てました! 保健室では養護教諭とトランプしてるし。 クラブもなく、その代り、出入り自由のスポーツや、バンド、暇部(ポスター作ったり、かわいい神社作ったり、忙しそう)、日本古来の部(琴やお茶など)を習ったり、 やりたいものを今日はここにって感じ。 なんでも話し合いを重んじているので、ミーティングは多く、子供も、最高機関の運営委員会にも代表が出ます。出た親は「子供も一緒で楽しいわよ」って。 PTAがなく、だからか、月1の保護者会には父の姿が3分の1以上。 不登校の話も各ホームで遠慮なくアットホームにでき、つらさも半減。 極めつけは、第2保護者会の飲み会。父たちが面倒みよく、楽しく過ごせます。 毎回出たいくらい。 親も1,2,3年一緒だから、いろんな話(進路とか)、いろんな方面の方から聞けて、いいですよ。子育ては大変だけど、「ここにいると、楽しみのことの方が多いよね」って、皆さん言います。 娘が入りたいって決めて、偶然入った学校だけど、前からいいとは思っていた学校だけど、入ってみて、さらによさがわかりました。 学歴偏重でなく、子供のまるごと、いい所だけでなく、一見不真面目なところも まるごと見てくれて、親も親だからじゃなく、人として話ができるスタッフたちですね。 |
| [239] 皆に伝えたいこと。 投稿者:K 投稿日:2008/04/28(Mon) 12:46 |
こんにちは(´ω`)/ 私はちなみに義務教育を終えた女子校に通っていた二年生です。今は不登校生です。ちなみに私は性格は真面目、見た目はソコソコ不良(?)…じゃないか(笑;) 私はちなみに四年間のストレスがぶち切れて、癇癪を起こし足をジダンダさせて母親の目の前で泣きました。もうコントロールが出来なくなって壊れました。精神科に行きたいと訴えました。全てが嫌になってきて(´ω`)。全てっていうのは、学校の環境、対人関係、ストレス、不安、混乱、精神的…です。それで自律神経のクスリを貰いました; でも、登校拒否は「逃げ」だと言われます。 そうかもしれない。私も逃げなのかもしれないけど…。 私だけではないと思いますが、踏み止まって考えている人もいるんですね。「学校の世界」と「外(社会)の世界」って全然違うじゃないですか。 学校へ行く子や友人は「おいで」とか言うじゃないですか(´;ω;`)そう言われると、行く気失せるんですよね(笑; 壮絶で厳しい外の世界にいると気付く事っていっぱい出てくるし、学校の世界で学ぶ事は限られてくる。正直、逃げかもしれないですけど、感じることはいっぱいありますよね。 少し違う観点を持って、登校拒否の日々を送っても良いと思うし、怠ける事は駄目だからバイトをすればいい(中学生は無理だけど;)。 正直、【逃げ】って【非常識】な事なんです。 だから周りの子は「何で来れないの?来ようよ」と言ってくるんですね。 だから、私達不登校生は【学校】に対して【違う角度】から観ているので、【何故行かなければならないのか?】っていう問題にぶち当たるんです。普通の人間は【常識】を持って物事を考えます。だから、不登校生というのは中傷や批判されて当然な逃げ行為なんです。 …ですが! 常識人には分からない、理解できないという、非常識で不思議な世界でもあるんです。そこから【知恵】を吸収したり【閃き】を生むという事もできます。 私は登校拒否をして気付く事はいっぱいあったし、皆には分からない世界(あるいは『解けない数こそ価値がある』という)こそ、価値があると思えば良いんです。 ただし、 何も考えずに親に縋りついたまま、だらだらとバイト生活などをするのではなく夢を持って、その道を切り開けば良い(自立に覚悟と夢に責任を)んです。ただそれでもう嫌だとか逃げるのはもうナシです。夢は逃げない、逃げるのはいつも自分です。 あでぃおす!(^ω^) |
| [237] 再登校 投稿者: 投稿日:2008/03/30(Sun) 17:19 |
| こんにちは〜8ヶ月の不登校になりましたが、3月から娘が「学校へ行く!」と言ってくれました。この一言を聞いて私も気持が楽になりました。きっかけは、クラスからの寄せ書きでした。 一日の授業は疲れるので、放課後1時間だけにしてもらいました。短い投稿日だったけ ど、卒業式・修了式も出席しました。 この8ヶ月私にとっては、とても長く感じました。いちごさんのように何年もという人たちから見れば、大したことではないかもしれませんね。 でも、皆さん子供を思う気持ちは一緒だと思います。 学校に行くことがあたりまえだと思っていました。まさか・・自分の子が、不登校になるなんて思いもよらない出来事でした。 ここの掲示板に出会って、こんなにもたくさん不登校に悩む子供達、そして親御さんが いることに驚きました。 子供さんが書かれたメッセージを見たときは・・・・涙が止まりませんでした。 意外と親よりも子供の方が辛いのに、ちゃ〜んと考えているんですね。 でも・・・親は他の子と同じようにいつか・・いつか学校へ行けるようになる日を願わない日はないと思います。 私も初めのころは、どうしていいかわからず気持も暗くなり泣いてばかりでした。 そのうち・・・夫婦の間に溝ができたこともありました。 やっぱり家の中では、お母さんが元気でいないといけないな〜と思いました。 心の病って本当に難しいですね。 子供が元気な時は、子供の気持ちをわかっているつもりでした。だけど不登校になったとたんに何も話してくれなくなりました。その時私は娘に「お母さんはどうすればいいの?」の問いかけに「笑っていてくれればいいよ(^^)」と答えました。 その言葉に私も前向きに考えて、娘を支えていこうと思いました。 いちごさんもいろいろされているようですね。親として何かしようと思うのは当然のことですよ。気を落とさずいつか・いつか明るい道が開ける日が来ることを願って頑張ってほしいな〜と思います。 |
| [236] いちごさん書き込みありがとうございます 投稿者:管理人 投稿日:2008/03/19(Wed) 17:47 |
せっかくですので、重複していた書き込みを整理しし、交流掲示板の方にも転載させていただきました。今後とも、よろしくお付き合い願います。 |
| [235] 無題 投稿者:いちご 投稿日:2008/03/19(Wed) 10:29 |
| 初めて投稿します。 私の娘は小2で学校へ行けなくなり、始めは行かそうとして、悲しんだり、 適応教室や相談所や、行ける所は行って、いろいろしました。 今思えば、何もしないと、親が非難されるから?と無意識に思っていたのかもしれません。転機となったのは、(心の)母子で歩いているとき、 「学校に行けたら」とつい考え、涙で目も心も見えなくなり、トラックにぶつかる寸前で「バッカヤロー!!!」と運ちゃんに怒鳴られたんです。 死ななくてよかった、だけじゃなくて、目がさめた気がしました。 元気なら、行っても行かなくても、いいって。 今、6年生で、小学校は結局行かなかったけど、 相談室は楽しいのか、休みはするけど、行っていて、中学になっても行きたいとのこと。 適応は先生の態度が急に変り、ほかの先生も注意できず、娘は行けなくなり、親は疑問 を感じ、やめることになりました。 が、このとき、退出届、受理された、と報告あったのに、されてなくて。 子供の数合わせをしているのかな?とそこも疑問でした。半年かかって、正式にやっとやめました。 親の会とか、いくつか行って、いい面が多かったけれど、 なかには、親の方で、何度も電話をかけてきて、おかしい方もいて、 悪い方ではないのですが、結局宗教の勧誘でした。 「友人にはなってもいいけど、いろいろ事情があって、その宗教には入れません」ときっぱり断ったら、連絡はなくなりました。 親の会、近い所にあれば、という方、多いですよね。 子供が通う場も、近くないと、という人、多い。 でも、近い遠いでなく、行きたい所かどうかですよね。 ホームエデュケーション(家で学ぶ、通信やネットで)なら、海外のにも入れるらしいし、日本語部門もあるらしいですよ。 親の会はよくわかりませんが。 ある親の会は、びっくりしたんですが、 私が先の交通事故にあいそうになって、目がさめ、登校を強要するのをやめた話をしたら、「それでやめたのはよくない」と否定されました。 私は子供が行きたくなってないのに、行かすのはやめた、と言ったんですよ。 行きたいとなったら、行けるように応援します。 命より大事なもの、それが学校とか、国といわれたことで、こういうこと言われる方の会には私は合わないな、と思いました。 でも、親の会事態はいろんな場所にあるほうがいいし、 その会だって、そのときいなかった方は私と同意見かもしれないですよね。 だから、私は先の娘がやめた適応教室も、親の会も、 すべてを否定はしません。いいところもあります。 いろんな人がいたら、いろんな意見があるのは当たり前で。 ただ、もっと、自由に話し合いができたらとは思いました。 私は事実を書いているつもりですが、違うという人もいるかもしれません。 考えが同じ方、違う方と話しながら、 不登校でもいい場合もある、 不登校は直すものではなくて、深く生き方を考えるもの、だと思えば、 その先の人生がきっと開けていくと思います。 娘はこれから中学で、一応希望を持っているみたいです。 普通に通うかはわからないけれど、通わなかった今までも、 家にいる日、自分なりに学んでいたようです。テレビや映画、ネットでも、 教えなくても学んでる。 韓国語の番組で、日本語まで学ぶ(小学生だから)、学校とは違う学び方、 面白い、見てて飽きませんよ。 1回ネットで大学生が「家で学ぶ中学年齢位の子を取材したいです」 というのに、「小学生だけど」って応募したら、来てくれて、 それはそれは楽しい取材でした。 小中学生は特に勉強というより、家で楽しいことをして、それで満足すれば、 さらに学びたくなった時、学校に行けるし、学校がいやなら、通信(日本では中学までは認められてないけど、海外は学校として認められている所もあります)でまなべばいい。 当事者の親ですが、あちらの掲示板では、この話題があうかわからなかったので、ここに書かせていただきました。 |
| [233] はじめまして。 投稿者:ピアニッシモ 投稿日:2008/03/06(Thu) 00:54 |
| 「不登校」について色々調べているうちにこちらのサイトに辿り着きました。 私は現在29歳ですが、小学校2年〜4年生の2年間、不登校でした。 2年生の時に父親の転勤で転校することになり、 転校後、学校に行きたくなくなりました。 転校後の学校でイジメを受けていたわけでもなく、 むしろクラスメートたちは私を暖かく受け入れてくれていました。 友達も出来て、学校にいけばそれなりに楽しく過ごせました。 でも学校に行きたくなくなってしまいました。 当時、なんで学校に行きたくないの?とよく聞かれましたが、 うまく答えることができませんでした。 ただ「行きたくない」とだけ答えていました。 親に無理やり引っ張られて泣き叫びながら学校に行かされたこともありまし、 一回学校に着いても勝手に帰ったりしていました。 途中から、親はなにも言わなくなりました。 母は専業主婦でしたので、一緒に買いものに連れ出したりしてくれました。 母が出かけるときは一人で家で過ごし、ぼんやりしたり、 気が向いたら学校に行きました。 そうしていると世間が見えてきて幼いながらも 「このままじゃアカンなー」と思っていた矢先に、 父親の転勤でまた転校することになりました。 それを機に「新しい学校でやり直そう。今度はちゃんと登校しよう!」と決めました。 新しい学校でやり直しました。 私は周りの環境がとても恵まれていたと思います。 担任の先生やクラスメートたちは私を励ましてくれました。 「待ってるよ」と言ってくれました。 だた親には迷惑かけたな、と今でも思います。 自分がなぜ不登校になってしまったのか。 大人になった今、改めて考えますが、いまだに分かりません。 ですが、子供ながらに苦しかった時期でもあります。 這い上がろうとしましたが、心がついていかなかったり・・・ 専門的なことはよく分かりませんが、自分では「心の病気」だったと思っています。 あの2年間、母と過ごす時間が多かった為、母の苦労も身にしみて感じました。 私と一緒に泣いてくれたこともありました。 「申し訳ない」と思う反面、もがいても這い上がれない自分を責め、さらに閉じこもってしまった時期もあります。 どうか、執拗に叱ったり責めたりしないであげてください。 理由はどうあれ、一番苦しんでいるのはお子様本人です。 あの2年間、私にとっては無駄な2年間にはなっていません。 生意気に失礼いたしました。 |
| [231] Re:[230] 葛藤とふれあい 投稿者:オセロ 投稿日:2008/01/06(Sun) 11:02 |
| あられさんへ はじめまして。 お子さんの元気な姿を願うお気持ち、とてもよく分かります。 お子さんの今の状態は、何かでひどく傷ついた自分を守り、休めている時期だと思ます。ゆっくり休んで欲しいと思います。 > 本人が一番つらいのはわかりますが、親はこのまま何もしなくていいのだろうか?と > いう想いで必死です。今まで甘えてくることがなかったのに、幼児のように甘えるしぐさに戸惑うこともあります。でもそれも親子のふれあいになっているなら、受け止めてあげようと思いました。 あられさんは、ご自分に出来ることをされていると思いますよ。弟さんたちがいらっしゃるとのこと、今までお姉ちゃんとして頑張ったり、我慢してこられたことがあったかも知れませんね。あられさんがお子さんの甘えを受け止めようとされていることは、とても大切なことだと思います。 家族に囲まれて、家族の愛情を感じながら過ごす時間が、お子さんの力になると思います。 あられさんとお子さんと共通に楽しめる何かをされても良いのでは? お子さんの笑顔が増えることを願っています。 |
| [230] 葛藤とふれあい 投稿者:あられ 投稿日:2007/12/23(Sun) 10:02 |
| はじめて投稿します。中一の娘は不登校になって半年になります。六月ころから友達と上手くコミュニケイションが取れなくなって体調崩しけいれんする発作が出るようになってしまいました。当時は学校・友達のことなど聞くだけで発作が頻繁にありました。けいれんしてる時は、本人も覚えていません。興奮状態になると無意識に発作します。その度に私は、何もしてあげられない悔しさとなぜこんなことになってしまったのか、と言う悲しさで、つらい毎日でした。今も時々発作がありますが、少し落ち着いてきました。会える友達には会えますが、関わっていた友達には怖くて会うことができません。 本人が一番つらいのはわかりますが、親はこのまま何もしなくていいのだろうか?と いう想いで必死です。今まで甘えてくることがなかったのに、幼児のように甘えるしぐさに戸惑うこともあります。でもそれも親子のふれあいになっているなら、受け止めてあげようと思いました。弟たちもいるので対等に接しなくてはいけない難しさもあります。早くいつものように元気な笑顔で、「行ってきま〜す」と、言う声を聞ける日を願わずにいられません。 |
| [229] 葛藤とふれあい 投稿者:あられ 投稿日:2007/12/23(Sun) 10:00 |
| はじめて投稿します。中一の娘は不登校になって半年になります。六月ころから友達と上手くコミュニケイションが取れなくなって体調崩しけいれんする発作が出るようになってしまいました。当時は学校・友達のことなど聞くだけで発作が頻繁にありました。けいれんしてる時は、本人も覚えていません。興奮状態になると無意識に発作します。その度に私は、何もしてあげられない悔しさとなぜこんなことになってしまったのか、と言う悲しさで、つらい毎日でした。今も時々発作がありますが、少し落ち着いてきました。会える友達には会えますが、関わっていた友達には怖くて会うことができません。 本人が一番つらいのはわかりますが、親はこのまま何もしなくていいのだろうか?と いう想いで必死です。今まで甘えてくることがなかったのに、幼児のように甘えるしぐさに戸惑うこともあります。でもそれも親子のふれあいになっているなら、受け止めてあげようと思いました。弟たちもいるので対等に接しなくてはいけない難しさもあります。早くいつものように元気な笑顔で、「行ってきま〜す」と、言う声を聞ける日を願わずにいられません。 |
| [228] 救ってくれた担任は12年間の不登校児でした・ 投稿者:クロちゃん 投稿日:2007/11/05(Mon) 10:40 |
| 突然すみません。現在高校2年生男子の不登校で悩む母です。部活でキャプテンを務めていましたが皆にやり玉に挙げられ休部し気力を無くし成績も一番悪かったので学校に行く意味を感じなくなってしまいました。まもなく留年が決定的になります。 夫婦は固定観念の中でとても真面目に生きてきましたので、そういう息子に苛つき苦しみました。楽な方ににげてる、怠けてるとしか映らないのです。また、今は更正しているようですが非行少年とも接触していきました。苦しい日々が三ヶ月続きました。 今は息子の気持ちに添うことを実行しています。幸いなことに担任が小学校中学校高校と全く学校に行けなかったのですが高校三年時に大学希望し見事夢が叶いたまたま高校教師になれたと言う方でした。どんな寄り道でも構わないと実体験からアドバイスしてくれました。 正直まだ心の奥底では受け入れられないのですが「人生そういうのもありかなぁ・・・」と心が楽になっています。 今後どうなるかわかりませんが、親が焦らないことに鍵があるようですね。 ただ、元非行少年への対応(息子の親観察の眼も)がとても難しいのでアドバイス頂きたいところです。 |
| [226] Re:[225] 不登校だった私 投稿者:スマイル 投稿日:2007/07/22(Sun) 23:37 |
| 今はお母さんになられてお幸せに暮らしておられるご様子、何よりです。 > 6年間の引きこもりの間は、ものすごく苦しくて、元気になれたのが、奇跡です。 一歩踏み出すきっかけが何かあったのですか? > 不登校児の気持ちが分かるので、元気になった今、何かお役に立てれたらいいなと 思いメールしてみました。 きっと今辛い方の役に立たれると思います。 私にもですが・・・(^^; 宜しくお願いします。 |
| [225] 不登校だった私 投稿者: 投稿日:2007/07/20(Fri) 18:47 |
| 私は、今29歳で、主婦です。育児や、パートをしています。私は、中学から、 6年間不登校でした。でも、短大へ行き、大学へ編入し、結婚し、今は、三歳の娘がいます。そして、パートをしています。 6年間の引きこもりの間は、ものすごく苦しくて、元気になれたのが、奇跡です。 不登校児の気持ちが分かるので、元気になった今、何かお役に立てれたらいいなと 思いメールしてみました。 |